宿題を出さない取り組みがあると、盛んにラジオで放送。

           皇室とともに

ラジオで盛んに、東海地方で宿題を出さないで自主学習を進める動きがあります。という、世論誘導がなされています。愛知県の学校教育課はそんなことをしていない。と否定している。間違った、効果のない宿題は否定している。

 漢字テストをして間違えると同じ字を20回書かせて提出させられた経験がある。これは、覚えることができない。20問あって10も間違えると200回も書かされる。それを、翌日先生に提出する。眠たい目をこすりながら嫌々必死に書くから覚えれない。先生は、、愛の鞭だといってモモの後ろを叩く、半ズボンだと最悪。子どもながらにこいつは良い教師ではないとかんじていたが、おとなしい私は従う、家畜のようなものだった。

 どうするべきか?

漢字テストは必要、日本人ならば覚えて居なければ社会に出て困る。間違えた箇所を覚えてきなさい。また、同じテストをします。

感じの表す意味を教え、感じ文化の有る日本の素晴らしさ、社会に出て感じが人よりも読める書けると人から尊敬されることなどを繰り返し教える。教室に有るものを漢字で書いて張り付ける。

教育の成果は中々でないものであるから、工夫する取り組みを忘れない。

 

余談だが、雅楽の授業をしたことがあるが、そこで学校が行った事は授業研究として先生に見せた。そして、反省会で話されたことを私に教えた。日本の伝統と文化を尊重しと、教育の目標五の有ることに対して教員は、教えてこなかったこれから教えるという反省はひと欠片もなかった。要するに、教えたくないということであり余計な事をするな。という、意思表示に批判ばかりの高尚な反省会であった。

 今も、学習指導要領にある教えなければならないことは教えなくても怒られないことに付いて教えない悪しき風習は根強い。平和教育も正しく解釈すれば私の常日頃言っていることも堂々と教えられる。騒ぎ起こすことは楽しむ心があればいいだけだ。

( ^ω^)・・・

 

 世の中の空気に流されるな!

戦うための口実、正論を持ち合わせろ!

それが、

 子どもたちの為に教育をする

なのだ!