解散延ばしに国民は爆発寸前だ 屋山太郎
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解散延ばしに国民は爆発寸前だ
評論家・屋山太郎
解散に至る段取りを決めるために、民主、自民、公明の3党の党首会談が開かれたと思ったら、会談は決裂し、国会は29日に約1カ月の会期で開会されるという。そこで一票の格差を是正する「0増5減」の法案が可決されても、選挙区画定後の周知期間が必要だから、年内解散は不可能になる。決められない政治に対する国民の不満は爆発寸前に達している。
≪政権獲得時の民主党にあらず≫
民主党の野田佳彦首相は、敗北必至の状況にある自党の支持率を少しでも回復してから選挙をやりたいのだろう。だが、首相には、党利党略以前に国民に信を問う義務がある。第一に、マニフェスト(政権公約)に掲げた目玉は大半が実現していない。これに反発する衆院の約60人が党を離れた。もはや政権獲得時の民主党ではないのである。第二に、マニフェストで「任期中は消費税の増税はやらない」とうたっていたにもかかわらず、3党合意による「社会保障と税の一体改革」と称して、消費税の増税を決めてしまった。
この増税が許し難い点は、「脱官僚」「政治主導」と叫ばれながら、政治の実態がなお官僚に動かされているという現実にある。消費税増税は財務官僚の悲願だが、不況の時の増税が国税の減収をもたらすことは、日本では橋本龍太郎政権で経験済みだ。国際的にも財務省の行動は非常識と見なされている。なぜなのかに関し、平成23年10月25日付の朝日新聞朝刊に、菅直人前政権で総務相を務めた片山善博氏がいみじくも語っている。同年3月11日に発生した東日本大震災の復興予算がなぜ9カ月もかかったのかについて-。
「私は第3次補正予算を早く決めましょうと言い続けたが、財務省が震災を機に増税をすることにこだわって進まなかった」「復興のためなら国民も増税に応じるはずと復興を人質に取った」「野田政権になってほとんど自民党時代に戻ってしまった。野田さんとは1年間付き合ったが、財務官僚が設定した枠を超えられなかった」
財務官僚が国民のために発想していると判断するなら、丸のみもいいだろう。が、野田氏が財務相時代に着工を容認した埼玉県朝霞市の公務員住宅は「官僚のための住宅」だった。復興予算の執行状況が明らかになるにつれて、捕鯨対策費とか庁舎の改修、震災地以外の立地補助金など、わけの分からないものが続出している。要するに、一般会計予算ではハネられた各省の要求を、「復興」を口実に、もぐり込ませているのだ。
財務省にとっては、所得税や住民税の引き上げもまた、悲願だった。災害を口実に国税、地方税を引き上げて、今度は、財政破綻を口実に消費税の引き上げを画策してうまくいったのである。民自公3党は、財務省の主導にノコノコついて行っているにすぎない。
野田首相が増税がいいのだという信念を持つのなら、心情、信念を説いて総選挙に打って出たらいいだろう。そう思っていたからこそ、谷垣禎一前自民党総裁に、“解散”を匂(にお)わせたのではなかったか。党内はしかし、野田首相の信念には納得していない。かといって、衆院の過半数は握っているうえ、内閣不信任案が出ても小沢一郎氏の「国民の生活が第一」が同調しなければ政権は安泰で、国民の不満は膨満するばかりだ。
民主党の輿石東幹事長も来年7月の衆参ダブル選挙をほのめかしたことがあるが、予算の約半分を占める特例公債が年内に立法化されなければ、国民生活に重大な影響が出る。「予算案が成立するのと同時に特例公債法案も成立させるというルールや慣例をつくったらどうか」と、細野豪志政調会長は言う。自公にとっては「今頃、ふざけるな」という心境だろう。野田首相が要望する(1)一票の格差(2)特例公債(3)社会保障と税の一体改革のための国民会議-の3点セットの実現はもはや不可能だ。
≪カナダ進歩保守党の二の舞い≫
落ち目になった政権が再び浮上することは、困難である。選挙のために総裁に選ばれて首相になった自民党の麻生太郎氏は、あまりに低い支持率に驚いて自らの力量により政権浮揚を試みた。だが、300から119へと衆院の議席を激減させ、政権を手放した。
いま、巷(ちまた)で聞かれるのは、「あの時は民主党にやらせてみようと思ってしまいました」という後悔の念ばかりだ。この調子では、1993年のカナダの進歩保守党の轍(てつ)を踏むのではないか。無策のマルルーニー氏が選挙を前に、女性のキム・キャンベル氏に首相を引き継いだものの、時すでに遅し。同党は169議席から何と2議席に転落して、同じ名前で再起・復権することはなかった。日本では比例部分が180議席あるから、カナダのようなことはないだろうが、地滑り的敗北はあり得る。
マルルーニー政権はそれでも、鳩山由紀夫、菅の両民主党政権に比べれば、よほど害の少ない政権だった。キャンベル氏は党再生を期待されて送り出された点で野田氏と似ている。が、野田氏は官僚そのもので、政治家ではない。(ややま たろう)
10月23日付産経新聞朝刊「正論」
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