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安倍氏は「戦後脱却」の使命担え 田久保忠衛
安倍氏は「戦後脱却」の使命担え
中国は「愛国無罪」、日本は「愛国有罪」
日本の最高指導者の地位に最も近いところに身を置いた安倍晋三自民党新総裁に、まず祝意を表したい。かねて、「戦後レジーム」からの脱却を唱えていた同氏に、時代が「アンコール」を要求したといえる。が、鬱陶(うっとう)しい梅雨が続いた後の晴れ間を見る気持ちには私はまだどうしてもなれない。このところ続いた与野党党首選挙の候補者には、今の日本が歴史的、地政学的にいかなる国難に直面しているかという認識、それにどう立ち向かったらいいのかという迫力に欠けるところがある。
≪ユーラシア発の危機は深刻≫
マスコミ側の意識にも、相当、問題があり、尖閣諸島をめぐる討論会や記者会見で、この問題を、税制改正、エネルギー政策、社会保障制度の見直しなどと同列に扱って質問する。領土問題で、「相手の立場を考慮し、あくまで話し合いで」とか、「日中双方のナショナリズムは抑えなければいけない」などと答えていた民主党代表候補には、国家の浮沈にかかわる深刻な危機がユーラシア大陸から押し寄せているとの感覚は微塵(みじん)もない。日本外交は悪魔たちの哄笑(こうしょう)の前で立ちすくんでいるのだ。
両党党首候補から、「毅然(きぜん)として」「不退転の決意で」「大局的、冷静な判断で」などの表現も一斉に飛び出した。が、中国の嫌がらせは続いている。それに、韓国も親日的だった台湾までもが悪乗りしている。口先だけの大言壮語は何もできない遁辞(とんじ)である。
外務省には、チャイナ・スクールと称される「親中派」が今も活躍しているのか分からないが、これら外交官にも気の毒な面はある。力の裏付けのない外交は、非常時には機能しにくい。力とは、経済、政治、軍事、文化、技術、インテリジェンスを含めた情報など総合的国力プラス政治家のリーダーシップだ。日本の自衛隊の士気は一流だが、地位や体制は、他国に比べて異常に不利なように、戦後の日本は仕向けてしまった。
≪日本は「愛国有罪」の体たらく≫
私は、中国と徒(いたずら)に対立を煽(あお)り立てる論調には与(くみ)さないが、日本大使館や大使、国旗などへの侮辱、日系企業の破壊、略奪を目にして、日本の国家全体を立て直さないと危ういと痛感した。中国という国は国際秩序に責任を持つ国なのか。それに対応するには、彼我の相違を見極める必要がある。
先方は一党独裁体制下、ナショナリズムを教育し、必要な時にそれを意のままに煽り立てる。中国には存在しない言葉「地球国家」を口にする「市民運動」の指導者が責任ある座を占める日本には、そんな芸当などできもしない。中国では、法治は通用せず、反日であれば、何をしても「愛国無罪」で大目に見られる。片や、国家不在の日本では愛国者は白い目で見られてきた。「愛国有罪」だ。
戦前の日本が標語にした「富国強兵」は今、中国が仮借なく進めている国策である。日本は対照的に「軽武装・経済大国」を目指してきた。自衛隊発足後に「富国他兵」だと茶化(ちゃか)す向きもあったが、その通りで、日米同盟がなかったら、どうするつもりか。国内で大衆迎合にかまけているときか。
朝鮮半島の内紛を契機に日清戦争は起こり、次いでロシアの半島への影響力を拒否するために日露戦争は発生した。日露戦争後の処理は中国との対立激化の要因となり、旧満州の市場争いと人種問題が遠因で日本は米国を次第に敵に回していく。そして敗戦だ。現憲法下の日本はその結果であり、長い歴史の産物である。ロシア、朝鮮半島、中国から加えられてきた圧力は熾烈(しれつ)の度を増している。
国際情勢の流れは中国に不利に展開していると思う。パネッタ米国防長官は9月19日、北京での記者会見で、米国は中国を狙った「封じ込め」あるいは「包囲」を策しているのかとの質問に対し、そうではなく、太平洋への軍事力の「再均衡だ」と答えた。冷戦と異なり、経済の相互依存性を強めている今は、封じ込めなどはできないが、米軍事力は太平洋に集中させつつあるとの意味だろう。
私が特に重視するのは、それを補うように、キャンベル米国務次官補が9月20日の上院外交委員会での冒頭声明で、日本、韓国、豪州、タイ、フィリピン5カ国との同盟関係強化とシンガポール、インド、インドネシア、ニュージーランド、マレーシア、ベトナムの6カ国との友好関係増大に加えて、「台湾との非公式関係強化措置を取りつつある」と明言したことだ。慎重発言に努める米当局者が台湾重視を唱えたのである。
日本は何をすべきか。安倍新総裁に期待するのは、国際環境を無視して10年間、減らし続けた防衛費をとりあえず大幅に増やし、新しい憲法制定の議論を巻き起こす-の2点である。関係諸国に与える政治的含意を考えて、戦後蝉脱(せんだつ)の歴史的使命を担ってほしい。(たくぼ ただえ)
9月27日付産経新聞朝刊「正論」
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