「安全運転」だけの内閣でいいのか 遠藤浩一氏

 
             
 
     皇室とともに
 
 
 

「安全運転」だけの内閣でいいか 評論家、拓殖大学大学院教授・遠藤浩一

 「安全運転」だけの内閣でいいか 
 評論家、拓殖大学大学院教授・遠藤浩一  
   
 第2次安倍晋三内閣が発足した。熟慮を重ねた人事の狙いは、来夏の参議院選挙までは外交・安全保障などでは「安全運転」を心がける一方で、経済再建に全力を傾注し、実績を上げて選挙に臨み、“ねじれ”を解消しよう、ということのようである。
 ≪政権維持が自己目的化しては≫
 政権が1年や2年で頻繁に交代する事態は好ましくないと、誰もが言う。だったら、ここは安倍氏に長期政権を託せばよさそうなものだが、国民はそこまで腹をくくっていないし、なにせ同氏への一方的な批判を社是とする新聞社もあるのだから、いつ足を引っ張られるか知れたものではない。ここは「安全運転」にしくはなし-。
 まあ、この程度のことは、誰もが考える。筆者も、当面の方針として、これもやむなしと思う。
 しかし、「安全運転」とか「まずは経済」といったスローガン自体に罠(わな)がひそんでいることも、承知しておいたほうがいい。
 言うまでもなく、第二次安倍内閣の使命は経済再建にとどまるものではない。外交・安全保障、教育など、戦後の長きにわたって歪(ゆが)みを増幅させてきた諸分野の是正-安倍氏の表現を借りるならば「戦後レジームからの脱却」、あるいはその象徴的事案としての憲法改正こそが、本質的課題だろう。慎重な政局運営も、安定的な政治基盤の確立も、課題解決のための手段でしかない。
 ところが政治の現場では、目的が手段に呑(の)み込まれてしまうということが往々にして起こる。かつての自民党は、政権の維持という手段がいつしか目的と化し堕落していった。それは安倍氏自身、折節に指摘してきたところである。
 昭和30年に結党した自由民主党の党是は、経済成長・社会保障から国防・安全保障にいたる総合的な国家再建であり、自主憲法制定が中心課題だった。安倍氏の祖父・岸信介首相はその主導者だったが、安保改定で精力の大半を使い果たし、昭和35年、志半ばにして退陣する。
 ≪「古い自民」の轍踏んだ民主≫
 後継した池田勇人首相は「経済政策しかないじゃないか、所得倍増でいくんだ」(伊藤昌哉『池田勇人』)と、経済成長にナショナル・インタレストを特化させる路線を歩み、その後の自民党は政権維持のために分配を駆使する政党と化す。その遺伝子は自民党を経て民主党に継承された。3年3カ月にわたる民主党政権の惨めな失敗は、畢竟「古い自民党」の失敗にほかならなかったといえる。
 池田氏は、「自分の内閣では憲法改正を議論しない」と明言した最初の自民党総裁だが、政治指導者がそんなことを口走れば、豊かさを手にしつつあった国民が憲法改正に対して投げやりになるのも当然である。政治家の発言は良くも悪くも国民を動かす。そして、豊かさの獲得には、国家的課題への切迫感を麻痺(まひ)させるという副作用があった。「古い自民党」の最大の罪はこうした副作用を等閑に付し、しかも党是たる自主憲法制定から逃げてきたところにある。
 安倍氏がいま採用しようとしているのは一見、池田氏のやりかたのようにも見える。もちろんそれは、「古い自民党」から脱皮して日本を再建するという、真の「目的」を達成するための「手段」に違いないと信じる。しかし、政治家の便宜主義が憲法改正への切実感を麻痺させたという教訓を忘れてはならない。
 ≪安倍氏は所信を訴え続けよ≫
 その意味でも、「安全運転」とか「まずは経済」といった安易な便宜主義は曲者(くせもの)だ。国民に対して、勇気をもって自らの所信を、不断に、愚直に訴え続けることこそ肝要ではないか。
 さて、戦後一度首相を退いて再びその座に返り咲いたのは、昭和23年秋の第2次吉田茂内閣以来である。吉田氏は翌24年1月の総選挙で民主自由党を圧勝させ第3次内閣を発足して以降、復興と主権回復という難事業と、本格的に取り組むこととなるわけだが、このとき彼は、選挙での勝利に満足せず、民主党を分断して犬養健氏らの政権への取り込みをはかっている。保守合同によって「政局の長期安定を確保し、国家再建をなしとげたい」(『回想十年』)と考えたのである。
 安倍氏にとっても国家再建が究極の政治課題である筈(はず)だ。その前提として「政局の長期安定」が必要なのであり、そのためにいまのところ「安全運転」に徹するということだろう。しかし、自民党公明党という枠組みの復活が、果たして「政局の長期安定」を保証するだろうか。安倍氏の構想する「国家再建」を実現することになるだろうか。
 自公政権の復活は、言ってみれば3年4カ月前の「古い政権」の再現でしかない。むしろ「維新の会」などを巻き込むかたちで保守政党の合同を実現することによって、はじめて国家再建への展望が拓(ひら)けるのではないかと思われるのだが、「安全運転」の自己目的化はその芽を摘むことになりはしないか? そんなこと、新首相は、百も承知だとは思うが。(えんどう こういち)
12月27日付産経新聞朝刊「正論」