拉致被害者全員の帰還は譲れない 西岡力氏

【第156回】 平成24年9月3日
拉致被害者全員の帰還は譲れない
国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力
8 月29 日、北京で4 年ぶりに日朝政府間協議が行われた。課長級の予備協議という
位置づけで、協議は予定より1 日延び、31 日に、双方の関心がある事項について本協
議を持つことで合意した。日本側は当然、そこには拉致問題が含まれると発表したが、
北朝鮮はそのことを明言していない。
●遺骨1 体400 万円を要求?
そもそも今回の政府間協議は、北朝鮮が日本人戦没者の遺骨返還と墓参という「人道
問題」を話し合おうと提案してきたものだった。日本政府は、拉致問題が棚上げにされ
る危険もあるが、金正恩政権になって初めての対日接近であることをとらえ、提案に乗
った。
北朝鮮労働党第1 書記金正恩の狙いは日本からまとまった資金を得ることと、制裁
の解除だろう。米国政府は1950 年代の朝鮮戦争中に戦死した米兵の遺骨を多額のドル
を払って買い取っている。北朝鮮はその金額に準じて1 体400 万円という費用を日本政
府に求めているという情報がある。日本政府の統計では、北朝鮮には終戦前後の引き揚
げ過程で亡くなった民間人を含む戦没者の遺骨2 万1000 柱が残されている。上記費用
を払えば全体で800 億円となる。遺族団体である清津会の活動には、北朝鮮に亡命した
日航よど号ハイジャック犯の娘などが関係しており、北朝鮮の工作機関の関与が疑わ
れる。
金正恩としてはまず、拉致問題は動かさず、遺骨返還だけで日本からカネを取ろうと
してくるだろう。ただし、その企みは、拉致問題解決を国政の最優先課題の一つとして
いる野田政権に拒否される可能性が高い。その場合、金正恩拉致問題でも動きを見せ
るかもしれない。
●被害者十数人、平壌に集結か
私は7 月上旬、「金正恩の特別指示で日本との関係回復のための交渉をする。それに
備えて日本人拉致被害者10 人余りを平壌に集めて、秘密警察の国家保衛部が別途管理
している。保衛部でも担当者以外が被害者に接近したり情報を取ろうとしたりしたら、
無条件でスパイとして捕まえるよう指示が出ている」という内部情報を得た。
私がこれまで入手できた情報によると、北朝鮮拉致被害者を次の3グループに分け
て管理している。①国家保衛部が管理する、対外工作に関与していないグループ、②工
作機関が管理する、テロなどに協力させられたグループ、③党組織指導部が管理する、
重大秘密を知るグループ、だ。金正恩はこのうち、①のグループのみを日本に返して多
額の見返りを取り、拉致問題を終わらせようと狙っている。①のグループには、北朝鮮
によって「死亡」とされた横田めぐみさん、田口八重子さんら8 人は含まれていない。
日本政府は本協議を通じて、二つのことを金正恩に伝えなければならない。第一に、
遺骨返還などの人道問題を進める前提は、拉致被害者全員の帰還であること。第二に、
既に日本側は、②のグループと③のグループについても確実な生存と所在情報を持って
おり、①のグループの帰国のみで拉致問題を終わらせることは不可能ということだ。そ
の2 点を金正恩に正しく認識させることが喫緊の課題だ。 (了)
 
国基研