「安倍首相戦後70年談話」を糺す

           皇室とともに

教員の働き方改革、処遇改善を一体的に推進へ 永岡文科相(教育新聞) - Yahoo!ニュース

フザケタ話だ(#^ω^)

 

 

安倍首相だけが悪いなんて思っていない。一人で出来ることではない。内閣が外務省が関わる人たちが一致一丸となってユダヤと戦う覚悟と戦略戦術を駆使して問題解決に取り組むという精神が重要であるが、残念ながらそれがない。また、「歩」を持ち合わせていないから負け将棋だ。

平成27年8月14日 内閣総理大臣談話 | 平成27年 | 総理の指示・談話など | 総理大臣 | 首相官邸ホームページ (ndl.go.jp)

 

 私は、理解出来た。その通りだと思い、これまでの説明が腑に落ちなかったがスッキリとした。これからの日本の進む道、勿論、日本人の進む道を生徒にシッカリと教えていく事がとても重要です。心ある教諭は、勇気と行動力を持って教えてください。生徒の為に教育を行うことになる!

 福地惇先生は、100人中5人か10人くらいしか理解出来ないでしょう。福地の言う通りでも安倍さんしかいないのだから批判するなとなる。勇気ある方で知性溢れる行動力のある御仁です。

ダイレクト出版 日本とユダヤの500年戦争の第三部 大東亜戦争と戦後日本のユダヤ支配 講座の中に出てくる。下記は、福地先生の未発表の声明です。

 

 福地惇名誉教授による「安倍首相戦後70年談話」に対する声明(未発表)

 去る8月14日に発表された「安倍首相戦後70年談話」に対して、本会は僭越ながら強い遺憾の意を表明せざるを得ない・

 本来、敗戦後70年という節目に出すべき宣言は、真の独立主権国家への復権の道を目指す内容を含むべきものである。敗戦後70年、講和条約発効後63年、これは未だに達成されていないからである。

 然るに、その肝心な課題を無視して「世界の平和に貢献します」、「『戦後体制』に終止符を打って『新しい道』を歩み出しますので宜しくお願いいたします」という訳で、戦後体制を更に強化して護持する意図を随所に含む文章になっているからである。

 安倍晋三首相談話に曰く、

「我が国は先の大戦における行いについて、繰り返し痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。(お詫びの気持ちを)実際の行動に示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫してその平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります、との箇所である。

 首相らが苦心惨憺して作成した文章であることは分かる。然しながら、大東亜戦争は「日本軍国主義」が犯した悪辣な戦争犯罪的行為であったというのが常識であるので、日本帝国が犯した罪は、我々子孫が背負い償うのだという「戦後レジーム」の全面継承を改めて決意し、罪の償いをしっかりと続けると宣言している。

「歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」と断言している。

 「揺るぎない立場」とは、19世紀後半期から20世紀中期の大戦争までに我々の御先祖たちが歩んだ道は、平和を望む国際社会の潮流に反抗してしまい、そこで犯した愚行への反省を土台に「戦後改革」は出発し、以降国際社会への復帰および国際社会に貢献する努力と未来志向の努力を続けてきた。

 大日本帝国は、平和を望む人類社会に対して戦争犯罪を犯した狂暴軍事国家だったが、敗戦後は悔い改めて、「謝罪し続ける」平和国家として生まれ変わる努力を続けているので、今後とも宜しくご指導ご鞭撻のほどをお願いしますという訳である。

 成程この表明の趣旨は、安倍首相がこの談話で初めて表明した訳ではない。

 回顧するに昭和60年8月15日の戦後40周年記念日、時の内閣総理大臣中曾根康弘以下、外国出張中の2名の大臣を除いた全閣僚が靖国神社公式参拝をした。これをシナ共産党政権は、日本軍国主義復活への予兆であるとの強い危惧の念を表明していた。

 これに対して中曽根首相は、その年の秋の例大祭への参拝を見送り、10月29日の衆議院予算委員会で、野党議員の質問に対して、大東亜戦争は、「間違った戦争」「侵略戦争」であったとの答弁をした。

 この御仁は、後に大勲位に叙せられたのです。

 つまり、長期政権政党足る自民党は、昭和60(1985)年以降直接的にはシナ共産党政権の靖国神社公式参拝避難という外圧に屈して、謝罪外交を国是として継承しているのである。

 回顧するに、敗戦50年目には、「村山談話」があり、60年目には「小泉談話」があって、大勲位が表明した主旨を程度を徐々に強めながら継承してきた。そして、その流れに乗った安倍晋三首相は、「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」と断言した。

 敗戦後、国家最高指導者の勇気の無さ、見識の薄さと軽率と無責任によって、今や日本民族の多くは、このカルト的自虐歴史観を信仰の域にまで高めさせられたことになる。

 私の言う「敗戦国体制」を保持するのが「怨敵」に押し付けられた「敗戦国体制」なのだという事実を「戦後70年談話」は我々国民に教えてくれたという訳である。

 

 

 福地先生は、凶弾に倒れた安倍氏を非難するのではなく、”政治家”安倍晋三を非難したという。

 

 国会議員の中で、どれだけが賛同するか?行動を取ることとは別問題だが、やはり少ないだろう。仕事人であるからだ。銭儲けでは、政治家は務まらない。

暗殺覚悟でなければならない時代。ユダヤは、我々をゴイム(家畜)扱いだから殺しも平気である。手っ取り早い手段であるからだ。

 教育が日本の将来、生徒の未来を握っている。が・・・

成すべきことを為す