TPPに隠された対中戦略上の意義

                     国基研副理事長 田久保忠衛
 
 民主党政権鳩山由紀夫菅直人と二代続いた暗愚の首相の失政を補うことにはならないと思うが、野田佳彦首相が11月12日ハワイで開かれたオバマ米大統領との会談で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交流参加に向けて関係国と協議する旨を伝達したのは、方向として正しいと思う。
 
 ・反対論の裏に嫌米感情
 TPPに対する賛否の議論には大きく分けて3種類がある。一つは感情的な反対論だ。ここには日本人の一部にある根強い嫌米感情がある。さらに民主党に批判的な人々にとって、菅首相が初めて、しかも突然TPP交渉を口に出したことへの反発がある。ここから、日本の農業はTPPに加盟すると崩壊するとか、経済は米経済への依存を強めるとか、日本の伝統・文化だけでなく言葉自体がおかしくなり、外国人が多数やってくるなどといった、おどろおどろしい説が流布された。
 二つ目は、自由貿易主義を是認はするが、TPP交渉にこれまで日本が参加していなかったせいもあって、情報が不足しているとの批判だ。これは、交渉の内容がはっきりしさえすれば、関税撤廃の対象となる品目のそれぞれについて日本としてどう対応するのが国益に合うかという議論に結びつくので、比較的に筋道の通った議論だと言っていいだろう。
 
 ・日米で中国を牽制せよ
 三つ目は、国際社会の大きな潮流を観察してTPP交渉参加に賛成する意見であり、日本のジャーナリズムにはほとんど登場していない対中戦略論だ。米国の対中政策は、エンゲージメント(関与)政策とヘッジング(保険)政策の間でその時々の情勢をにらんで調整が行われる性格を持つ。その中でこの二年間に米中両国は互いに警戒心を強めている。野田首相は中国の加わっていないTPP交渉への参加を選択した。続いて11月19日にインドネシア・バリ島で開かれる東アジア首脳会議で、オバマ大統領と共に南シナ海の「航行の自由」を訴えて中国を牽制する。
 中国を意識しての戦略に中国は敏感に反応し、東南アジア諸国連合ASEAN)プラス3(日中韓)の13カ国による自由貿易協定(FTA)を結ぼうとの動きを強め始めた。これに対し日本はASEANプラス3プラス3(インド、オーストラリア、ニュージーランド)の16カ国によるFTAを主張している。賢明な策だと考える。
 米国のエンゲージメント政策には国際社会のルールになじまない中国を国際的に関与させる狙いが潜んでいる。毛沢東以来の中国の戦略家はこれを「和平演変」(平和的手段による社会の転覆)と警戒してきた。日本は対中戦略の大きな流れに乗らなければいけない。気になるのは野田首相にその確信があるのか、反対論の多い野党自民党がどれだけ大局を理解しているかの2点だ。
 
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