首相は歴史問題で正しい情報発信を 桜井よしこ氏

 
 

【第174回】 首相は歴史問題で正しい情報発信を

櫻井 よしこ / 2013.01.07 (月)

 
 国基研理事長 櫻井よしこ 
 
 安倍晋三首相を待ち受ける課題は、歴史認識、安全保障、経済停滞などどれも容易ではない。とりわけ歴史問題は中韓のみではなく、同盟国の米国をも念頭に置いた対処が必要だ。
 ●無知を露呈した米紙社説
 1月3日、ニューヨーク・タイムズ紙は社説で、安倍首相の産経紙上でのインタビュー発言を、ロイター電を基に激しく非難した。日本の過去の「侵略」を詫びた1995年の「村山談話」に代わる「21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と首相が述べたことに対し、「安倍首相はその任期を過ちでスタートするかに見える」と論難した。
 わが国は慰安婦問題で強制連行の濡れ衣を着せられ、慰安婦募集の強制性を認めた「河野談話」まで出した。多くの調査で強制連行はなかったことが判明しているが、ニューヨーク・タイムズの社説は「性奴隷」になるよう「強要」したと非難する。
 年来の調査を無視して、問題を振り出しに戻すかのような社説には「性奴隷」「右翼」「民族主義者」「修正主義」「恥知らず」などの修辞が多出し、歴史問題に関する感情的反発と知識の欠落が顕著だ。
 対して、わが国外務省は端から反論する気力を喪(うしな)っている。キリスト教的価値観で慰安婦の存在自体が悪いと責められれば、反論の仕様がないというのだ。米国人の基本的価値観に反論すれば、外交、安全保障も含めて日米関係全体が行き詰まると怖れているのだ。
 官僚の発想では、日本は永遠に根拠なき不名誉に甘んじなければならない。だが、この局面でこそ、日米両国の歩みには共通の失敗とより良い未来への共通の志があることを確認して、日本国の名誉を守らなければならない。
 たとえば、戦時中の慰安所における売買春と同様の事例は戦後もあった。米軍は昭和20年に日本を占領するや、真っ先に「女を用意せよ」と日本国に迫った。「性奴隷」というが、奴隷は米国の制度だ。アフリカから幾多の人々を強制連行し、人間ではなく物として扱い売り捌(さば)いた。
 ●日米共通の価値観を前面に
 だが、強調したいのは米国が歴史の経過の中であらゆる差別をなくそうと努力したことだ。性差別、人種差別の撤廃に、他のどの国よりも熱心に取り組んだ米国に私は深い敬意を払う。そのような国柄を創った米国人だからこそ、日本人が米国人と同じ価値観を守るべく、過去も現在も努力していることを、最もよく理解できるはずだと確信もしている。
 たとえば、かつて日本は第1次世界大戦後の国際社会の秩序構築に寄与したいと願い、人類で初めて人種平等の原則を提唱した。人種差別の苦しみを知る日本国の提案を取り上げなかったのが、パリ講和会議議長を務めたウッドロー・ウィルソン米大統領だった。
 そして現在、日本人は戦前の売買春が当時の常識であったとしても自省し、米国同様、普遍的価値に資するべく努力を重ねている。
日米は多くの価値観を共有する。こうした事実を米国に伝え、双方で学び合うための情報発信に国家プロジェクトとして取り組むことを、官僚の発想を超えて宰相として決断するのが首相の責務だ。(了)  
 
国基研