「人治」か「法治」かに決着の兆し 田久保忠衛氏

【第166回】 平成24年11月12日
「人治」か「法治」かに決着の兆し
国基研副理事長 田久保忠衛
いまや国際問題の焦点は北京に集まっている。注目の人物である中国の温家宝首相は8 日
午後に北京で開かれた天津市代表団の討論会に出席し、党幹部による腐敗問題に言及して、
「党の国家の生死存亡に関わる」との表現を使用し、「公正な幹部、清廉な政府、清明な政
治の実現が不可欠だ」と強調した。あたかも人事を述べるかのように、このような白々しい
発言がよくもできたものだと感心する。
9 日の各省代表団の討論会では、上海市兪正声書記が記者団からの質問に答えて、「子供
には上海の役人への接触を禁じている」と自分がいかに腐敗防止に努力しているかを説明し
たあとで、「党中央が決定すれば、簡単に(資産)公開する。何故なら多くの財産はないか
ら」と余裕を示した。
●世界中が「腐敗大国」の実態に注目
言論統制が実施されている中国の大方の人々とは対照的に、世界中が「腐敗大国」の実態
に気付いてしまったのだ。去る6 月にブルームバーグ通信が習近平一家の蓄財を報道したあ
と、同通信のウエッブサイトへのアクセスは中国政府に阻止されてしまった。
ところが、10 月25 日付のニューヨークタイムズ紙は3 面を使って大々的に温家宝一家の
腐敗問題を報道したのである。一部内容は日本の新聞でも伝えられたが、精密な調査報道に
より、一家の蓄財総額は27 億ドル、そのうちの80%は温首相の実母、首相の実弟、義弟、
義姉、義理の娘、妻の両親であることが判明したという。
驚くべきは、中国共産党規約によると、資産を明らかにするよう要求される党幹部は本人
とその直系であるから、温首相の傍系の親類は法に反しない。だからこそ温首相は自分が「公
正な幹部」であり、政府は「清廉でなければならない」などと公言しているのである。
兪書記の発言は記者から促されてなされた。ということは、ニューヨークタイムズの報道
はもはや中国国内でも完全に押えてしまうわけにはいかなくなったとの事実を示している。
一党独裁が揺るぎ始めた
米国がニクソン大統領の訪中以来30 年強にわたって続けてきているのは、中国をあらゆ
る意味で国際社会に参入させ、ひいてはこの国を民主化してしまおうという暗黙の大戦略
基づいている。
この試みは、米国内外でこれまで何度も失敗だったとの批判を浴びてきた。
しかし、今回中国内に浸透し始めた腐敗の是非をめぐる論調は一党独裁が揺るぎ始めた兆
しと考える。「人治」か「法治」かの戦いは早晩決着すると見ていいのではないか。中国は
北朝鮮民主化の速度が違う。 (了)
 
国基研