その弐 TTPへの疑問に答えます 山下一仁氏

TPPへの疑問点に答えます 山下一仁キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

TPP(環太平洋連携構想)については、国基研にもさまざまな疑問が寄せられました。平成23年10月にTPP推進の立場から報告書をまとめたキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹に、回答してもらいました。
 
3、農業とコメは壊滅?
【疑問】TPPに参加すれば、日本の農業は回復不能の打撃を受け、壊滅します。日本のコメは米国のコメよりずっとおいしいから、高くても購入したい人はいるので、勝ち残るチャンスはいくらでもあるといった考え方は安易です。カリフォルニア米と日本のコメを比べると、味は五分五分、あとは値段のみの勝負となります。

【答え】
  日本農業はアメリカやオーストラリアに比べて規模が小さいので、コストが高くなり競争できないという主張がなされています。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU9、アメリカ100、オーストラリア1902です。
  規模が拡大すれば、コストが下がることは事実です。しかし、この議論は、各国が作っている作物、単収(単位面積当たりの収穫量)、品質の違いを無視しています。この主張が正しいのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカもオーストラリアの19分の1なので、競争できないはずです。これは、各国が作っている作物の違いを無視しているのです。アメリカは大豆やトウモロコシが主体で、オーストラリアは牧草による畜産が主体です。米作主体の日本農業と比較するのは妥当ではありません。
  同じ作物でも単収に大きな格差があります。オーストラリアの農場規模は大きいのですが、小麦の単収はイギリスの5分の1しかありません。土地生産性はサハラ以南並みで世界で最も低いのです。
  米にはジャポニカ米(短粒米)、インディカ米(長粒米)の区別があるほか、同じジャポニカ米でも、品質に大きな差があります。日本国内でも、新潟県魚沼産のコシヒカリには、他の産地がどれだけ頑張っても勝てません。世界で日本のコメに匹敵するような品質のものが作れるという主張があります。それなら、日本の他の地域でも魚沼産と同じおいしさのコメが作られているはずです。農産物については、気候風土が違うので、同じ品質のものは作れないのです。同じフランス・ワインでも、ボルドーブルゴーニュは違います。
国際市場でも、日本米は最も高い評価を受けています。現在、香港でのコシヒカリの価格は、日本産がカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍となっています。私もアメリカで長年カリフォルニア米を食べていました。炊き立てはまずまずですが、少し冷めると食味は落ちてしまいます。品質の劣る海外の米と日本米の価格を比較することは、ベンツのような高級車と軽自動車を比べるようなものです。高級車は軽自動車のコストでは生産できません。
  日本米と中国米やカリフォルニア米と比べた内外価格差は、30%程度へ縮小しています。農水省はコメの内外価格差が4倍もあるので、コメは壊滅すると主張しましたが、これは現在の国産米価格と10年前の中国米の価格を比べたものです。仮に輸入によって国内価格が低下したとしても、低下分を財政で直接支払いすれば、関税撤廃によっても影響は生じません。そもそもTPPの下では、高い関税も10年かけてなくしていけばよいのです。規模拡大、品種改良等による単収向上で、競争力を強化する十分な時間があります。
  日本では1970年に生産を制限する減反を開始して以来、単収向上のための品種改良は行われなくなりました。今では飛行機から種まきしている粗放的なカリフォルニアの単収のほうが日本を4割も上回っています。単収がカリフォルニア並みになれば、大規模農家の米生産費6000円(60キロ当たり)は4300円に下がり、日本に輸入されている中国、カリフォルニア産の米価の半分以下となります。規模拡大と単収の増加によってコストをさらに低下できれば、米産業を輸出産業に転換できるのです。
  米の生産は1994年の1200万トンから減少し、2012年度の生産目標数量はとうとう800万トンを切ってしまいました。これまで高い関税で守ってきた国内の市場は、今後高齢化と人口減少でさらに縮小します。日本農業を維持、振興しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるを得ないのです。しかし、国内農業がいくらコスト削減に努力しても、輸出しようとする相手国の関税が高ければ輸出できません。貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にするTPPなどの貿易自由化交渉に積極的に対応しなければ、日本農業は衰退するしか道がありません。
  アメリカやEUは直接支払いという鎧を着て競争しています。日本の米だけが徒手空拳で競争するのは得策ではありません。減反廃止と主業農家に対する直接支払い、これが正しい政策です。守るべきは農業であって、関税という手段ではありません。
 
4、交渉からの離脱はできない?
【疑問】「交渉に参加して、どうしても妥結内容が気に入らないなら署名しなければいいし、加入した後に離脱する自由はある」という主張はうそです。TPPは実質的に日米間の協定であり、米国との交渉でわが国に自由はないことは歴史が証明しています。

【答え】
  国際交渉に参加すれば離脱は不可能という主張がありますが、本当でしょうか。制度から考えてみましょう。交渉参加国は、①交渉の結果でき上がった協定になお不満であれば、署名しなければ良い、②政府が署名しても、議会は批准・承認しないことができる、③協定に参加した後に不都合が生じた場合、協定の修正交渉を要求することができる、④修正交渉が実らない場合、最終的に通知をするだけで脱退することができる―のです。
  過去の国際交渉で、交渉からの離脱はないのでしょうか? アメリカは地球温暖化防止の京都議定書から、署名後に離脱しました。アメリカが怖いのでTPPから離脱できないという主張があります。しかし、タイ、マレーシアはアメリカとFTAの交渉を行っていましたが、アメリカの主張を受け入れられないとして、交渉から離脱しました。
  また、TPPの内容が分からないので参加できないという主張が行われました。しかし、それぞれの国の事情により、各国の意見は対立します。対立がなければ、交渉する必要はありません。ビジネスの世界で、最終的な合意内容がわからなければ、相手と交渉を開始しないというビジネスマンがいるでしょうか。
  交渉に参加すれば、状況が把握できるばかりか、不利な協定内容であれば    交渉で変更させ、日本の国益を反映させることができます。そもそも、日本が参加すれば、主要国である日本の主張を無視して交渉が進むはずがありません。
  最後に、「アメリカは怖い」という〝思い込み〟について述べます。日米保険協議で日本が敗北した経験が語られますが、これは二国間の協議であり、多国間の通商交渉ではありません。また、二国間の協議でも、日本は必ずしも負けているわけではありません。意気高く主張を繰り返すアメリカに対し、通商交渉の矢面に立ってきた農林水産省経済産業省は、苦しみながらも、彼らの面子を立てつつ、日本の利益を確保するという、一段高い戦術をもって対応してきたというのが、私の感想です。
  例えば、1980年代の日米牛肉交渉で、アメリカは日本の牛肉の輸入数量制限の撤廃を要求しました。輸入数量制限がガット違反であることは明白でした。そこで日本は輸入数量制限を廃止して関税に置き換え、関税率を初年度70%、次年度60%、3年度50%と徐々に削減し、4年度以後はガットのウルグアイ・ラウンド交渉の結果に委ねるという決着に持ち込んだのです。この決着が、日本の牛肉産業に与えた影響はどのようなものだったのでしょうか。国産牛肉の生産量は1990年度(39万トン)と2010年度(36万トン)でほとんど変化していません。むしろ品質の高い和牛生産は増加しています。
  多国間交渉では、どうでしょうか? 例えばアメリカは1970年代に、外国の通商行為を不公正とみなせば、一方的に制裁措置を講じるという通商法301条を導入しました。しかし、ウルグアイ・ラウンド交渉の結果、WTO紛争処理手続きを取らなければ制裁措置は取れないこととされ、通商法301条は事実上廃止に追い込まれました。そのイニシアチブを取ったのは日本です。多国間交渉では、争点ごとに利益を同じくする国と連携することが可能です。TPP交渉でも、アメリカの主張を封じ込めることは、困難ではありません。
 
  国基研
 
 バージンロードを 雅やかに 笙の音で
 
 
   なんで
   反対するんだろうね
   国を滅ぼす
   に見えてくる
 
   まず、国家国益を考え
   ベストを目指す
   そして、その壁を取り除く
   それが
   既得権益を守るにはどうするか
   損をするというなら
   持ち替えればいいだけ
   そのために
   国民を犠牲にしないでください