福島で世論に迎合する民主党  櫻井よしこ氏

 

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福島で世論に迎合する民主党 櫻井よしこ

福島で世論に迎合する民主党
週末、福島県郡山市で、小中学生の子供をもつお父さんやお母さん方約180人と「放射能」について語り合う会に行ってきた。主催はNPO法人ハッピーロードネット(HRN)である。会場の県農業総合センターは東京ドーム12個分の広々とした敷地にあった。高い天井にも、床にも、県産欅(けやき)の木材をふんだんに用い、壁の殆どがガラス面の建物は周囲の田畑や山々の瑞々しい緑の海の中に近代的な意匠で立っていた。福島は本当に美しい。
参加した人たちのほぼ全員が避難生活中だ。未来についても放射能についても多くの不安を抱える人たちを前に、私は、放射能の人体への影響は、1人の患者の調査ではなく、多くの人々を対象にした疫学調査でなければわからないということから話し始めた。
1人の患者が癌にかかったとしても、この人の癌は放射能ゆえなのか、それとも煙草が原因か、塩分か、太りすぎか瘠せすぎか、無茶な生活ゆえかなど、原因は特定出来ない。だからこそ、疫学調査が必要で、世界で最も信頼されているのが広島、長崎の被爆者の疫学調査なのだ。
日本が戦後初めて国勢調査を行った昭和25(1950)年、28万4000人の被爆者が登録された。政府はその中から継続して調査をすることが出来る約20万人を選び、彼らを被爆時の爆心地からの距離によって分けた。この人々と、年齢、性別の一致する対照群を比較のために選び、一人一人に詳しい聞き取り調査を、当時の政府は行った。
会に同行した東大病院放射線科准教授の中川恵一氏が指摘した。
「一人一人がどのような状況で被爆したか、戸外にいたのか屋内にいたのかは勿論、その瞬間、立っていたのか、座っていたのか、または周りに遮蔽物があったかなかったかに至るまで、詳細に調査しています」
放射能についての情報不足
この膨大な数の人々に原爆手帳を配付し、彼らの健康調査を日本政府は幾十年も続けた。こうしてみると、昨年3月の福島第一原発事故後の国民の健康に関する調査のお粗末さは見るに堪えない。民主党政権の能力の欠如と発想の貧しさに、今更ながら憤りが湧いてくる。
世界が信頼するこの広島、長崎の科学的調査資料こそ、多くの日本人に知ってほしい。同資料の情報を共有出来れば、現在行われている除染や食品の安全基準の非科学性が明らかになり、避難生活か故郷に戻るかの選択も、明確な基準でより納得して判断出来ると思う。
広島、長崎の調査の結論は100ミリシーベルト(SV)以下の低線量被曝の健康への影響は認められないというものだ。但し、これは影響がないということではない。100ミリSV以下の低線量被曝では放射線が癌の原因だとは言えないという意味だ。癌の原因には、前述のように、多くの要素があり、各々100ミリSVの放射線と同等かそれ以上の要因となることが考えられるからだ。
参考にすべきもうひとつの疫学調査チェルノブイリ事故に関するものだ。国連科学委員会の報告では小児の甲状腺癌患者は6000名に達し、死亡は15名だった。子供たちは避難が遅れたり食品規制の不徹底から放射性ヨウ素に汚染されたミルクを飲み続けたため、甲状腺癌が増えたと推測されている。一方この調査では、現在、日本で懸念されているセシウムによる一般の人々の健康被害を示すエビデンス(証拠)はないと結論づけられている。
広島、長崎、さらにチェルノブイリの知見から判断すれば、日本政府が行っている年間1ミリSV以上の汚染場所の除染は無意味だということになる。無論、線量の高い地域の除染は必要だが、年間1ミリSVを基準にして、除染に膨大な税金を費やすのはどう見てもおカネの無駄ではないだろうか。
質疑応答では、子供の砂場遊びは大丈夫かとの質問や、郡山に避難中だが、食品など子供のために注意すべきことなど、具体的質問が多く出た。中川氏が専門家の立場から各々の問いについて放射線量を確認しながら答えたが、氏が示した基準は、大人は年間10~20ミリSV以下、子供は10ミリSV以下なら心配しなくてもよいというものだった。質問した人々の中で、原発から7.5キロの南相馬の男性の例を除いて、すべて普通に暮らすのが最善だという答えだった。今更ながら、放射能についての情報不足で、多くの人々が本来ならしなくてもよい心配の中で暮らしていることに気づかされた。
また、放射能以外にも、被災地の人々の心が、どれほど後ろ向きになりがちか、深刻な状況があることにも気づかされた。浪江町で会社を経営していた男性は、浪江町には暫く戻れないため、南相馬に新しく事務所を開いて仕事を再開すべく昔の社員に連絡したところ、愕然としたと語る。
「本末転倒」
「働かないほうが収入がよくなって、戻ってこない社員が続出したのです。たとえば中学生と高校生の2人の子供を持つ30代後半の社員は妻を入れて4人暮しです。私は彼に月額約30万円を払っていましたが、いま彼は避難先で東電から給料と同額の補償に加えて、精神的苦痛への慰謝料として1人当たり月10万円、つまり、家族4人で40万円、加えて失業保険で給料の6割の約18万円、合計88万円を得ています。ここで私の所に戻って働き始めれば、元の月額30万円に戻ってしまいますから、働かないというのです」
男性はもうひとつの事例も語った。双葉郡に住んでいた30代の女性は1人で小学生の子供2人を育てていた。パートで14万円の月収を得ていたが、いまいわき市で避難生活中だ。東電は彼女の月収14万円に加えて、精神的苦痛に家族3人で30万円を支払っている。加えて失業保険が約8万円、母子手当が約6万円、計約58万円を得ているという。
「失業保険などは一定期間後に支給が止まりますが、東電のおカネは事実上エンドレスです」と男性は語る。
HRN代表の西本由美子氏は、政府は働く人の勇気づけとなるようにおカネの使い方をもっと工夫すべきだと訴えるが、当然である。
「どうしても助けが必要な人たちを助けるのは当然ですが、現状では働かないことが高収入に結びついているため、会社を再開したくても、社員が戻らず再開出来ない会社が多いのです。故郷に戻って、苦しくても故郷と自分の本業をたて直そうと努力する人に現実は本当に厳しいのです。働かなければ、未来の展望は開けないのに、当面、余裕ある生活費を手に出来るのは、本末転倒です」
民主党は、放射能対策も経済支援も世論に媚びるのでなく、日本人の力を抽き出す方向へと政策を根本的に改めなければならない。
週刊新潮』 2012年6月28日号
日本ルネッサンス 第515回
 
 
 
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