海洋汚染で「第2のロシア」になるな
国基研主任研究員 冨山泰
東京電力福島第一原子力発電所の放射能(放射性物質)漏れ事故で、東電は「低濃度」の放射能汚染水を太平洋に放出した。放射性物質を海に流すことは、旧ソ連が行った「禁じ手」であり、日本は「第2のロシア」になってはならない。
・将来の健康被害に責任
汚染水を放出したのは、「高濃度」の汚染水の貯蔵場所を確保するため、と東電は説明した。しかし、原発事故の専門家で、米ジョージア大学のチャム・ダラス教授は、このほど国家基本問題研究所での会合で、放出の決断に首をかしげた。教授は1986年に旧ソ連のチェルノブイリで起きた原発事故の健康被害を10年間にわたって調べ上げた米国チームである。
「海は広いとはいえ、放出しないのがベスト。選択が限られていたことは分かりますが、海に捨てるのは最後の選択肢です。すぐに影響は出なくても、将来の健康被害に責任が生じます」
教授によると、米国の原発事故では放射性物質の海洋への放出を防ぐため、海に流れ込む河川をせき止める設備を築いた。ところが旧ソ連の事故では、海洋への流出を止めなかった。旧ソ連は、事故を起こした原子力潜水艦の原子炉を北極海に投棄した例もあるから、最大の海洋放射能汚染国と言える。日本が手本にすべきは、もちろん米国である。
・「胎児への影響はない」
教授によると、チェルノブイリ事故で放出された放射線量は、広島と長崎の合計放射線量の100倍に上った。当時妊娠中だった女性9万人のうち、3万人が胎児への影響を恐れて中絶した。しかし、出産した残り6万人の新生児を追跡調査したところ、汚染地域と非汚染地域で違いは全く見られなかったという。
教授はまた、原発が放出する放射性物質に発がん性があることは事実だが、原発事故による発がん率は核戦争の場合より、ずっと低いとも語った。もっとも、甲状腺がんを例に取ると、広島、長崎での患者発生は15年後だったが、チェルノブイリでは5年後と早かった。これは、チェルノブイリと違って、炉心が溶解して大量の放射性物質が空中に放出される事態はまだ起きていない。過度に健康被害の恐怖心を煽らないためにも、日本政府は正確かつ十分な情報公開を行うべきだ。
国基研
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