皇室とともに
私の叔母、今枝文子が先ほど2時46分に旅立たれた。5分か10分ほど前に目が覚めて叔母の様子を見ていた。声をかけても返事がなくもうそろそろなのかな。息苦しいというか苦しんでいる様子はない。首の脈静ははっきりと動いている。昼間訪問看護師の方が来てくださり様子が気になったということで、3時にまた別の方が来てくださった。私は、仕事先で連絡を受けて安心した。帰宅後、いつも通りろくに食べもしないしあまり飲みもしない。数日続いていた。でも、30日や60日くらいは死ねないのだろうと思ってた。本人は、早く死にたいと言っていた。苦しまずに旅立てたらと願っていた。まさか、自分が叔母の最後に立ち会えるとは思ってもみなかった。時折、息が止まるが苦しんでいない。首の静脈ははっきりと動いていた。その後、静脈が動かなくなり心臓に手をやるとかすかに動いていていた。その後、心停止した。安らかなる眠りであった。その間に、幼い時から、可愛がってもらったこと、春、夏、冬休みには、怪獣映画、東映漫画まつり、ディズニー映画を観に連れて行ってもらい帰りに不二家や鉄板スパなどを食べさせてもらった。楽しみなひと時を送った。結婚もせずに、家のために働いて下さり自分もそのおかげで大きくなった。次男であるから、老後を俺がみると言っていたが名古屋から私の所へやってきたのが10年近く前ではないだろうか。住民票を見ないとはっきりしない。当初は、名古屋に帰りたいようなことを言っていた。
直感で、旅立つなと感じたので枕元でこれまでのことを感謝申し上げ、至らぬところばかりであったこともお詫びした。来世は、良き旦那に子どもに恵まれて老後も子どもに面倒を見てもらい幸せな人生が送れるようにお天道様に願った。
おばあちゃまのところにかえれるのやからまさはるがせわになったなといってもらえる
僅か5分10分前に死に目に会えて看取ることができるとは幸運なおとこ
叔母の願いを絶対に叶えるという男の約束を果たさねばと、長い自宅介護を覚悟した。仕事に行くときは、昼頃に訪問介護の看護師の方が来てくださるのでとても安心して仕事ができた。報告書もあって感謝申し上げます。おむつも朝晩と換えさせていただいたんだよ。なくなる数日前には、叔母に俺のせいで辛い思いをさせて済まないと言ったら、世話をしてくれてありがとう。と言われて、もっと喜んで看護させていただかなければと感じた。俺の因縁切りが遅れたら叔母に辛い思いをさせることになると信じている。短い期間で、叔母は生まれ還ることができてほっとしている。
入院中に叔母に頼んだことがある。叔母が死んで1年たって、俺が十分に生きたと言ったら迎えに来てくれと頼んだ。それまで、しっかりと戦わなければならない。
つくづく、俺は強運だと思う。なかなか死なない奴だと思う。
皆様方、叔母文子が大変お世話になりました。
改めて、御礼申し上げます。
甥 今枝正晴
7月の30日に入院
8月21日転院
9月12日に自宅へ帰って訪問診療に切り替えた。2年前に稲沢市にできた橘クリニックは訪問診療です。こちらが、ご尽力下ったお陰で、文子は、自宅へ帰ってこれた。患者と家族の自宅で最期を迎えたいという願いを叶えてくれるクリニック。本当に橘クリニックのお陰で文子の願いを叶えてあげられた。欲を言うと、転院の時に私が正しい知識を持っていたら自宅に返してやれた。これは、大いに反省した。病院には、その選択肢を患者や家族に伝えるように強く要望した。文子のような方がでないように。
お天道様はおられる。当然ではあるが、精神にこれがないのが人である。だから、欲望に負けて暴走する。自身にも常にブレーキを心掛けている。
葬儀は、身内で行います。本人も了承済み
新しく生まれ変わる門出です。祝ってあげてください。
古い着物を脱ぎ棄てて新しい着物、体をお天道様からいただくのです。
( ^ω^)・・・
翌日の朝、現在
約束 自宅で最期を迎えたいという文子の願い、叶えると言い続けていた。約束を果すことができた。いろいろとあったが・・・
肩の荷が一つ下りてほっとしている。
結果往来であったのか?
問題点は、改善しなければならない。手は打ってあるが。
薬嫌いの文子さん
【日本の医者は薬を出しすぎ】和田秀樹/血圧160までは医者にいかなくていい/大学病院の多い県は平均寿命が短い/薬を5種類飲むと4割に転倒リスク/高齢者「暴走事故」の原因/臓器別診療でなく総合診療が必要