皇室とともに
豊橋市教育委員会からの回答がふざけたものであり、原田健一教育長になっていた。回答をしなければならないのに回答をしていなかったという事実もある。広聴課に言われて渋々回答が来たという事です。
それで、下記メールをした。回答が楽しみ
不誠実な回答は、原田健一教育長の指示ですか。ゴリッパですね。権力でねじ伏せて間違った理屈で押し通し子供の将来を潰す仕事ぶりには感心いたします。
LGBT理解増進法に対してどう対処するつもりか。何もしない。呆れますよ。私は、ブログに書いている。それを、行う気概もないと断言する。
偽善者。
教育長 原田 憲一
まず初めに、教育基本法の第一条第二条第九条第十条に基づき教育を行う。教員の政治的中立性と政治が教育への介入を行った時にどう対処するかを教える。これを基にして、教員は、国家及び社会の形成者として活躍できるように知識と技術を教える。それだけでいい。保護者は、背中で子どもに教育を行う。教育基本法第九条教員は自己に御崇高な使命を深く自覚してその職責を遂行する。これを徹底させる研修に力を入れる。過去の日本を教えて子どもに将来をどうするのかを決めさせる。子ども主体ではない。子ども尊重でもない。子どもは、のびのびと遊び学ぶ。学校の中のルールに縛られて守り、生活することで社会に出た時に役立つ。学校生活まで好き勝手なことをさせては子どものためにはならない。
人が人に「教」え、人が人を「育」てる。「教育」は、そんな崇高な営みです。そして、教育を受けた人は、次代を担う人を教え育てていきます。また、教育を受けた一人一人が家庭を築き、その家庭が集まって町を築き、社会を築いていきます。このように、「教育」は、未来の人を創り、未来の社会を創る営みなのです。
こうした考えのもと、私は、『教育は未来を創る営み』を念頭に、次代を担う人づくりをめざし、生きる力を磨き深める豊橋の教育を推進してまいります。
生きる力も、文科省の定義は間違っていて何でもありです。敢えて言うならば、教育基本法に基づき理解するならば、社会に出た時にさまざまな壁にぶつかる。その時に、壁に負けないで押し切っていけるだけの精神を身につけてほしい。それには、楠木正成公の話を読んだり。教育勅語現代口語訳を読む、修身の本を読む、それで子どもがどう感じるかはそれぞれでいい。軍国主義の中身を知り軍国主義はいけないと感じることになるでしょう。日教組も全教も文句が言えないはずだ。強い精神は、こういうことを知ることからも始まる。
先行き不透明で混沌とした時代、この先どんな世の中になっていくのか、見通すことは容易ではありません。しかしながら、生きることは日々問題解決であり、人は、直面する問題に対して常に最適解を求め、生き抜いていかなければなりません。そのようななか、次代を担う人には、何が求められているのでしょうか。
先行き不透明は、昔からの事であり今に始まったことではない。戦前の日本人は強く逞しく勇猛果敢であり国家国民にお為に命を差し出して我々の為に尽くしてくださった。そのお陰で今の自分たちがあることを堂々と教えなければならない。それを教員たちに示す為に教育長が先陣を切って教員に範を示します。子ども中心主義教育を行いません。知識と技術を教えます。ハイパー・メリトクラシーを否定します。
私は、「3つの資質」が必要であると思っています。その3つとは、「たくましさ」「しなやかさ」「かしこさ」です。どのような時代であっても、困難に負けることなく、また、目の前の問題から逃げることなく乗り越え生きていく、そんな「たくましさ」が必要です。また、価値観が多様化する一方で、人間関係が希薄となって生きづらさを感じる社会において、折れることなく、周りの状況に柔軟に対応しながら生きていく、そんな「しなやかさ」が必要です。さらに、日々進化する情報化社会において、本質を見失うことなく、自分自身で問題に気づき、考え、悩み、判断しながら生きていく、そんな「かしこさ」が必要です。
これって、埋没して生きろ、ずる賢く自分を殺して周りに流されて生きろと言っているに等しいよ。他が為に生きることの素晴らしさ、自己中心的で今だけ、金だけ、自分だけのユダヤ思想に染まった教育長サマのお考えですよ。
この3つの資質「た・し・か」さこそが、次代を担う人には欠かせないと思います。
言葉の遊びですよ。
では、この「た・し・か」さを、どのようにして養っていけばよいのでしょうか。
そのために必要なのは、何と言っても、実感を伴った「体験」です。心が揺さぶられるような体験は、単なる出来事ではなく、深い意味をもつ「経験」として、人の価値観や思考の枠組みを変えていきます。それゆえ、その体験はバーチャルや表面的なものではなく、人間らしい感情を存分に味わえる、リアルな体験でなくてはなりません。そして、こうした価値ある体験を、学校、家庭、地域、それぞれの場において、存分に積ませてほしいと願っています。
願うのは勝手です。しかし、そんな体験は先ずできないでしょう。楠木正成公の話、和気清麻呂公の話、乃木希典大将の話、仁徳天皇の史実為の竈の話等の読書の勧めで子どもは良き学びを得ることができる。自分もそうなりたい、そうなるようにと努力する気持ちを持つ。そんな事も分からないのかな?
一方、教育における環境づくりも大切です。なかでも、「教育は人なり」と言われるように、「どこで・何を」学ぶかよりも「だれから」学ぶかといった、人を育てるための人的環境を整えることが重要です。この人的環境、学校においては「教師」、家庭においては「親」、地域においては「住民」が、同じ方向を向いて教え、育て、鍛える、そんな「地域の子どもは地域で育てる」環境づくり、言い換えれば、学校を核とした「教育の地域展開」が、これからの時代には必要不可欠であると考えています。
?を勝手な理想論のようなことをもっともらしく教育長というレッテルで信じ込ませているのか?子は親の背中を見て育つ、子どもは子どもらしく自由奔放に遊び学ぶ子供らしく育つ時期がないと子どもにとって精神的欠陥となる。
社会も教育改革も先が見えないなかですが、答えは現場にあるはずです。そして、時代とともに変えていくべきことがあり、時代が変わろうとも変えてはいけないこともあります。
はっきりと言いなさい。皇統を失った日本は日本でなくなる。日本国民は、これからも皇室とともに歩むことが日本であることを子どもに教えなければならない。それで、子どもが大人になった時に皇室は要らないとなればそれで良し。
それらを見極めながら、「た・し・か」な人づくりをめざし、学校、家庭、地域が一体となった「教育の地域展開」をしていきます。
LGBT理解増進法を実践させない「教育の地域展開」をしなければ子供の将来は無くなります。そんな当たり前なことも国が決めたから従わなければ教育長の座が無くなるから言わないのでしょうね。素晴らしき精神。私は、公然と発言している。
そして、子どもたちの「た・し・か」な成長を求める一方で、「教育委員会を担う私たち自身の『た・し・か』さが未来を創る」という気概をもって、教育改革に取り組んでまいります。
嘘つけよ。「た・し・か」な成長はない。「トランスジェンダーになりたい少女たち」読んでごらん。気が変わるよ。のう天気にもほどがある。それに従う部下も部下。我が身の事しか考えられない、子どもたちの為の教育をするとは嘘なりにけり。
どう回答なさるかね。教育長どの。
真面な回答願います。
今枝正晴
如何でしょうか?
相変わらず口が悪いくそやろう
言ってることは筋を通してる
間違っていない
だれかがぎせいになってとっこうしなければならない
それだけのりをおてんとうさまからいただいた
20250430
ありがたくてX2
( ^ω^)・・・