皇室とともに
虐め
教育委員会は学校へ指導しているのは、みんなで虐められている子を守る。虐めをしない。本人がどう戦うかを教えない、片手落ち。
児童生徒が明確な基準のない
「個性」や「自分らしさ」を煽られ、不安に駆り立てられる⇒その結果、お互いに慎重に「空気」を読み合い、「キャラ」を演じ合うことで、集団に埋没しようとする。それができない子どもが「いじめ」のターゲットとなる。
「わが国の学校で今日的な形態のいじめが問題化しはじめたのは(・・・・・)1980年代からである。これは、それぞれの個性を伸ばして主体的に生きるを育むべきだという新しい教育理念が学校現場に導入された時期とほぼ重なっている。一般に個性化教育と呼ばれてきたこの教育理念の登場と、いじめの激増した時期が重なっているのは、けっして偶然ではない。」
と指摘されている。個人主義を改めるべきだ。修身、教育勅語を学び、軍国主義はいけないと子どもに教えればいい。
ハイパー・メリトクラシーによる選別は、その敗者に全人格的な否定感と絶望感を与え、基準が明確かつ限定的な従来のメリトクラシー(数値化可能な「学力」による選別)よりもはるかに苛烈。
➝就活自殺や就活うつの増加
➝過剰なメリトクラシー(過熱する偏差値教育や受験戦争への批判から生まれたはずの教育改革がむしろより苛烈なハイパー・メリトクラシーに転化
詳しくは、「戦後教育史 腐敗の米国式改革編 古川雄嗣講師」経営科学出版
対抗策として、総合的な学習の時間50時間を使って
『大御宝』・仁徳天皇の史実「民の竈」の話を教える。