皇室とともに
教育は、教育基本法を理解して教育に当たる。決して、解釈をして教育をおこなってはならない。解釈は、好き勝手な教育を行うことができる。教育基本法の形骸化を図るものである。自由に教育すればいいというのは、条件付きである。これを実現すれば、戦後教育から離脱できる。
私の指摘を青字で書きます。特に強調したいことを赤字で書きました。
( ^ω^)・・・
御覧になられた方は、どう感じますか?
山西正泰 豊橋市教育長 挨拶「生きる力」を磨き深めるより
教育という崇高な営みは、常に、目の前の子どもをどう育てたいかという明確な見通し(ビジョン)をもって臨む必要があり、そこには、確かな教育哲学・教育理念(フィロソフィー)がなくてはならないという信念は、1期目の就任以来一貫したものです。
教育と言う崇高な営みは、常に、教育基本法を理解して教育に当たる。第一条第二条第九条第十条の要点を覚え理解し(以後、教育4ゕ条と書きます)様々な局面に於いて解釈せずに理解して教育を行うのです。そうすれば、教員の力量は日々向上していきます。経験値が上がり教育力向上となります。
私の教育哲学は、「教育は生きる力を磨き深めることでなければならない」という理念にあります。そのためには、「子どもを大事にした教育活動」を展開しなければならないと考えています。
教育長が教育哲学を持つことは悪いことではありません。思想信条の自由があります。が、教育長の職務を遂行する上で常に、教育4ゕ条の基づき教育を向上させる、教員の向上を図らねばならない。「子どもを大事にした教育活動」を展開しなければならないと考えていますと仰る。が、これを全生徒に伝えて不都合が生じると考えたことはないのでしょうか。政府も国会もそのような考えを発信して子ども家庭庁なる税金の無駄を行っている。(これには、提案がある)子どもの精神面を考えると、子ども優先と言いながら嘘だという気持ちを持つ子どももあるでしょう。逆手に取って言ってやろうと考える者もいるでしょう。美名のもとでの道徳崩壊へと誘っている。また、教育哲学という美名で、教育基本法を棚上げして教育長の思想信条を哲学で推進していることになる。間違っている。
そして、この豊橋で教育を受けた子どもが親になったとき、自分の子どもにも豊橋で教育を受けさせたい、と思えるような教育施策を構想し、展開してまいります。
2期目は、就任した年度末に、コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、臨時休業措置を始めとして、教育活動がかなり制約されました。そのような状況にあっても、「子どもたちの学びを止めるわけにはいかない」、「今やれる最善の方法を考えて進めていく」という教育委員会内での共通認識のもと、さまざまな施策を進めてまいりました。
文科省・厚労省に指示に従う愚かな対応を一生懸命にして来た教育長と教員です。「新型コロナウイルスは怖くない」という本も出版されている。その情報を子どもを通じて知らせなかった。子どもにまで無用のワクチンを接種させた。
インフォームドコンセント周知に保健所等担当部署が不十分であったので学校が行うように、各地と県保健体育課にもお願いしたが完全に無視された。これにより、接種しなくても良い新型コロナワクチンを1回のみならず複数回も接種させられた。生殖能力を失う子どもが出る可能性を指摘されている。世界は、3回で接種を止めたが日本では、7回目8回目となり未だに継続されている。米国では、ファウチが責任を追及されているが報道もされていない。忌わしき状況。教育現場が、新型コロナウイルスについて正しい情報を伝えて教育も平常に行えるように努力を怠った事実は全国にも及ぶ。上からのお達しは絶対であるという間違った認識である。教育基本法を理解し教育に当たる気概、肚を括って行うことができる教員、教育長を育成するには、ユダヤ思想の今だけ、金だけ、自分だけの悪しき空気を一掃する教育にも取り組まなければならない。これが、教育基本法を理解して教育することになる。
子どもたちの為に教育を行うという教員の言葉が方便となってはならない。
その一つが新たな3学期制の導入です。基礎・充実・発展で子どもの学びを評価するようにしました。また、とよはし版GIGAスクールを進め、タブレットを一人一台貸与し、家庭とのオンライン授業を可能にしたことで、本市の進める学習方法である問題解決的な学習の幅が広がり始めています。
小学校「デジタル教材」先進国スウェーデンで学力の低下が顕著…脱デジタルへ | ビジネスジャーナル
この事実でも明らかなように、間違いなく日本も豊橋市の子どもの学力は低下する。しないと教育長が言うならば証拠を示すことだ。スタンフォード大学教授でフーバー研究所のリサーチフェロー(2023まで)西鋭夫教授がいう、紙で書いたものを読まないと忘れてしまう、私は、いつも紙に起こして読む、資料としてまとめているという。GIGAスクールを失敗と認めることは文科省サマを批判したことになるから自分の身が危うくなるから成果があると嘘を言うのか?教育長の基準からすると成果が上がっていると言われるのならばそれは、子どもにとって不幸極まりないことになる。
GIGAスクール構想は、税金の無駄であり全額を国が負担しなかった自治体のも多大な負担を負わせるものであるから反対をしたがる教育長も多々あった。が、これも戦う気概も子どもたちの為の教育を行わなかった。
ココではっきりとした教育長のお考えは、学歴尊重主義・偏差値教育推進である。職人に必要なのは、読み書き算盤と修身と日本人としての誇りです。
さらに、本市において何十年と慣れ親しんできた小学校の部活動を廃止しました。これは、子どものためには、教師は自らの時間を削ってでも尽くすべきという風潮を見直すための改革です。
働き方改革による国からの強制的な教育改悪であった。昭和20年の四大教育指令第一指令により、時の文部省はGHQの意向に沿った教育を行った。世に言う、公職追放だ。黒塗り教科書も中身を知れば保護者は、学校で教えて欲しいとなる。
部活動廃止にするということは、働きたいという教員の気持ちを踏みにじり侮辱するものだ。事実私がその話をすると聞き取り間違いをして、教員は働きたくないと思っていないと食ってかかって来る学校教育課職員。良きことで嬉しく思うが、それを、何故教育長にぶつけない。教育長は絶対であると間違った常識に捉われたり保身が働くのだろう。部活動廃止に対する最善の対案は、小学校学習指導要領特別活動には、クラブ活動が記載されている。学習指導要領は守らなければならないと文部科学省はいう。ならば、小学校に於いて部活は廃止します。クラブ活動に切り替えます。また、政府や文科省から、働き方改革と称して働くな改革を押し付けています。保護者の皆様、生徒のため教員の為に提案します。教員のクラブ担当を強要しません。やってくださるクラブだけを存続させます。教員に強要しません。今後、教員がクラブ活動をすると言う方が見えたら復活させてクラブ活動を行うということで御理解ください。とすればよかった。中学校に於いて、部活動は学習指導要領特別活動には明記されていない。このことを根拠として豊橋市教育委員会は、次なるものを作成し実施した。230816_sougoukaigi_siryou1.pdf
教育委員会が外部委託を行った。部活動を税金を使い外部委託した。教員に手当として外部委託する金額分を支給してあげればよかった。その時も、部活動を担当したいという教員だけに限り手当を付ければいい。廃部になった生徒は、地域のクラブに所属する、保護者の責任で行ってもらえばいいだけだ。如何ですか、保護者の皆様、生徒諸君。私の言いたいことは、教育基本法を理解せずに解釈で保身を図る見上げた根性を撤廃させれば教員も教育も向上する。極論は、教育長が誰でも構わなくなる。保護者の子どもの教育に対する責任を改めて理解させることもできた。学校任せにさせないで、学校と保護者が連携して国家及び社会の形成者を育成する。子供の将来にとって巧妙です。
山西正泰教育長は、
教師は、自らの時間を削ってでも尽くすべきという風潮を見直すための改革と断言した。
教員の多くが賛同しているとしたら教師の誇りも遣り甲斐もない単なる生活の為に適当に働く労働者と化していることになる。教員に問いたい、本当にそうなのか?私は、そう思っていないし教員から聞いてきた。多くの教員は、労働に対する対価を求めている。それも、法外なものではない。定時で帰りたいと思うが教員という仕事はそういう職業ではないと自覚している。夜8時までには帰りたいと思っている。が、教育改悪により様々な報告書等が授業終了後に提出しなければならない。クダラナイ雑用が文科省や政府からやらされている。1980年以前は、授業が終われば職員室で教員同士が子どもの情報交換をして教育に役立てていた。当時を知る教員もいないから、昔の事を伝えても知る由もない。当時のように戻すことは、教育長・校長権限を使用すればできる。教育基本法を理解しているからです。教育改悪であったから教員に自由になる時間を与える。例えば、1日、5時間余裕があれば教員は、その時間で勉強する、知れば子どもに教えたくなる。教員の政治的中立性を理解させておけば失敗も少なくなる。失敗は成功の基、成長になる。教育委員会会議口頭弁論 - gagakuheiwa’s diary
コチラに詳しく示してある。
教師の本来業務は授業です。専門性を発揮し、子どもたちが楽しいと感じる授業を創るために限られた時間を使うべきです。
限られた時間を使うべきとある。定時から定時で働けばいいと言っているのですね。確認致します。ならば、教育長命令です。家庭に仕事を持ち込まないで仕事をする。滞りが出たとしても時間内に全力で仕事をした結果であれば責任を問われることはないはずだ。
教師の本来業務が授業ということ自体、教育長さま、本当に教育長ですか?教育基本法には、教育の目的国家及び社会の形成者とある。日本国民の社会の形成者を育成することです。外国人を想定していない。外国人は、母国の支援で教育を受ける。反日教育をさせない。日本政府が行う支援は、教育を行う土地や施設を貸すことはやぶさかではない。としなければならない。これが、教育基本法を理解した対応です。絶対に、同情をして対応しない。同情すれば日本は、外人に甘いお人好しだから日本へ移民として、不法滞在者として押し寄せようとなる。国家国民を守る人材育成も重要なことであり教員・教育に課せられた重要な使命である。為政者は、国家国民を護る為には、非常にならなければならない時がある。世界の常識である。それぞれの国が、国民を守るという立場であるからだ。
小学校の部活動には幕を下ろしましたが、放課後の新たな学びの場として、のびるんdeスクールを立ち上げました。ここには、教育課程内にとらわれない多彩な学びや人との関わりがあります。これによって、教師の働き方と、子どもの放課後の過ごし方に大きな変革をもたらすことができたと感じています。
一言で、自画自賛の何物でもない。酔いしれているご仁です。周りの者も教育長様は偉い方で逆らってはいけませんと保身を図るものばかり。任命権者や認めた議会・市議の責任は途轍もなく重たいことです。どう改善するのか問い質したい。のびるんdeスクールの成果を強調なされている。先に示したスウェーデンの教育失敗を知らないのか?多様性と言いながら学力重視の偏差値教育へとまっしぐら。社会というものは、様々な人が働いて成り立つのです。皇居の奉仕活動を行っておられる方々を平成時代の両陛下が皇居で慰労の会を催された写真を拝見して驚愕する。世界のどの国にトップ自らが席を立ち、席を回られて接待なされている。初めから最後まで席を回られて楽しそうに話をしておられる御姿は素晴らしく日本国民として誇りに感じる。『大御宝』の精神である。
教員に働くなと教育長までが推進するのか?国の間違った政策には、従わなくてよい。保護者に理解してもらい教育基本法を理解して教育することが子どもの為の教育となる。教員は、教育への裁量権がある、行使すればいいだけだ。教育長は、一度でも、公務員の中で、唯一残業代がない職業差別されている教員に残業代を付けろと言った事がありますか?教員はとても喜び一生懸命に働くでしょう。教育の目標二自主自立の精神と、勤労を重んじる態度を養うとあります。それに違反することを政府と文科省と一緒になって教育長はおやりになっている。とても恥ずかしいことであり。教員から慕われていると思えない。自分の精神が間違っているのでしょうか?
教員不足解消と教育の向上のための陳情 - gagakuheiwa’s diary
子どもにとって最大の教育環境は、「人」です。子どもが、生きる力を磨き深めながら成長していくためには、子どもの伸びようとする芽を見取り、常に寄り添い、そっと背中を押す教師が不可欠です。もちろん、家庭や家族の存在が生活の基盤ではありますが、さまざまな事情でそれがかなわない子どももいます。そんなときは、温かく包み込む地域の人々の存在が欠かせません。多くの可能性をもった子どもたちが、よりよい教育環境の中で、健やかに育ち、自分の夢に向かって成長していってくれることを願ってやみません。
教育環境は、「人」と仰る。然しながら、一番子どもに影響を与える環境は、家庭です。その家庭に対してはっきりと物申さない態度には、けいふく以外何ものでもない。わたしならば、家庭教育第十条父母その他の保護者は、子どもの教育に対する第一義的責任を有するとあります。子どもに対しては、どんな悪環境であっても自覚して乗り越える努力をすることを教える。その為に周りの者が協力して乗り越えられるようにすることで生きる力が備わる。また、受けた恩義に対して感謝してお陰を感じ、世の中に恩返しをする精神を持たせることは周りの者の責任です。が、国の間違った政策により子ども食堂花盛りです。野村農林大臣が政府供出米を子ども食堂に出そうといしたら財務省が法令違反としたできなくした。それを、正せない政府には国民を護る意志の欠片もないことになる。国も
国家及び社会の形成者を育成することで国が成り立つのです。
教育長は個人主義であられるようだ。自分の夢に向かって成長することを願われている。世の中の風潮を用いての教育改悪と取れる。夢に向かって努力することを悪いと言うのではない。国家及び社会の形成者と成ってもらわなければ国は維持できない。自分のやりたい仕事に就くことが難しい、いやな仕事は外国人にやらせろと言っていては、移民国家となり侵略されて日本でなくなる。そのことを子どもに理解させる、責任感を持たせる教育は重要極まりないことです。その精神が欠落していると推察できる。
あらゆるものが加速度的に進化し、価値観も多様化する今日にあって、何も変えないことは後退しているとの認識が必要だと考えます。したがいまして、3期目にも「不易」のものは堅持し、「流行」のものは、時代に合うよう改善を図りながら、子どもたちを取り巻く教育環境のいっそうの充実に向け、教育委員会の英知を結集し、全力で取り組んでまいりたいと思います。
あらゆるものが加速度的に進化し、とあるが認識間違いも甚だしい。LGBT理解増進法成立により子どもの精神を著しく棄損する教育を始めろと言っている法案を推進するのだろう。トランプ大統領は、この世にあるのは男と女だけだと禁止した。また、米国にはこの法案は存在しない。エマニエル米駐日大使に騙されて簡単に法案を通した与野党議員ども。LGBT理解増進法廃案にする為に日本保守党が結成され1年数カ月で異例の国政政党になった。民意の象徴の一つと言える。学校で、LGBT理解増進法に関することは一切教育してはならないと指示して当然である。保護者にも説明して理解を得る、協力要請をする。世界は、間違った方向に走っている。変えないことは悪いことだと述べているが悪しき政策制度を廃止することであって日本の伝統と文化は継承していかなければならない。卒業式に於いて「仰げば尊し」「蛍の光」「国歌 君が代」復活も伝統と文化を継承する重要性と重みを教える。また、学習指導要領で「国歌 君が代」と「日章旗」の意義を教えろと指導している。意義を教えなさいと中身を提示すればいいだけの事です。
国旗及び国歌の意義を理解させるための陳情 - gagakuheiwa’s diary
保護者に対しても同様に指導、教育をしなければならないのです。なんで?今どきの歌を卒業式、入学式等に採用しなければならないのか理解出来ない。ただ単に保護者が怖いから教育基本法を解釈して運用しているだけの肚の据わらないご仁が教育を行っている場合と文化・伝統の破壊を目的としてその道具として保護者の意向を取り入れている。保護者をバカ者扱いしている。要するに、詭弁であり美辞麗句で子どもの教育を蔑めている。教員が教育基本法に基づき教育を行う、理解して居れば間違った上司の指示を拒否できる。地方公務員法第32条違反にならない。大学では、指示に従えとばかり教えている偏向教育がまかり通っている。学生も頭があるし学もあるのだから間違って居る指示には従わないと理解すべきだが、保身と嫌われたくない良い人でいたい仲間外れになりたくないという腐った根性が災いしているようだ。改める教員が増えるほど日本は復活できる。子どもの将来は光を射すことになる。
如何でしょうか?
若い教員が、心ある教員が団結して教育基本法を理解し教育に当たれば子どもたちの為に教育できる。
もっと言えば、「必殺 教育改善」をクラスで行うように取り組むこともできる。とても大変ではあるが、近づけることで教育環境が改善できる。山西正泰教育長ドノが仰せの教育環境とはこういうことだよね( ^ω^)・・・
改め替えたら、善人!
心ある者たちが団結して取り組む・戦う
わたしが、特攻する
困った時には、連絡ください( ^ω^)・・・
これまた、豊橋市長へ送ります( ^ω^)・・・
どういう返事が来るやら( ^ω^)・・・