国歌「君が代」の意義

        皇室とともに
           2016.1.28 の記事を再掲
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、「君が代」は、我が国の末永い繁栄と平和を祈念した歌と理解させる。
驚くなかれ、愛西市教育委員会がこう指導すると指導を始めた。
前半は、憲法にある。
いいことも、わるいこともやるという見本だ。
このことは、快挙です。
 
この方のブログ凄い
ご覧になって、国歌「君が代」についての正しい知識を身に付けてください。
文科省の通知の「国旗・国歌の意義を理解させ」とあります。教師が身に付け生徒にしっかりと理解させてください。通知違反は、処分の対象になります。波風立てることを恐れて教育ができますか。法令を守って下さい。
ここに詳しく書かれています。是非お読みください。素晴らしき解説です。

デジタル大辞泉の解説

きみ‐が‐よ【君が代

日本の国歌である歌。「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」の歌詞は和漢朗詠集にあるが、その原型は古今集に見いだされる。明治13年(1880)、宮内省伶人(れいじん)長の林広守が作曲。明治26年(1893)、祝日大祭日唱歌として公布され、事実上の国歌となった。平成11年(1999)8月施行の「国旗国歌法」で法制化された。
[連語]《「よ」は寿命の意》
あなたの寿命。
主君の栄えているとき。特に、天皇の御治世。
「―もわが代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな」〈・一〇〉
「―は限りもあらじ長浜のまさごの数はよみつくすとも」〈古今・神遊びの歌〉
1869年(明治2年)、大山巌氏が、天皇が臨席する儀式用の歌として『君が代』を選んだ。その後、1880年(明治13年)、宮中の雅楽の楽人がメロディーをつけ、ドイツ人が編曲し、天長節に初めて演奏され、1893年(明治26年)8月12日、文部省が『君が代』等を収めた「祝日大祭日歌詞竝樂譜」を官報に告示。小学校の儀式用唱歌とされた。  竝は「並」の正字
≪「国旗及び国歌に関する法律」の通称≫日章旗を国旗、君が代を国歌と定めた法律。平成11年(1999年)8月施行。
 
国歌「君が代」の「君」は、天皇陛下を謳った歌。これ以外に意味はない。
古今和歌集にある君が代の歌の「君」は、諸説ある。
上記を見れば分かる。
 
小学校学習指導要領解説音楽編
P85
国歌の指導に当たっては,国歌「君が代」は,日本国憲法の下において,日本国民
の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念した歌であることを理解できるようにする必要がある。
こう記載があります。

 音楽教科書に [国歌]

       君が代 と記載されています。しかし、上記のように

             国歌

          君が代 と記載しなければならない。

           

小学校学習指導要領解説音楽編において

国歌「君が代」は、と明記されています。

 
文部科学省初等中等教育局長通知
学校における国旗及び国歌に関する指導について
都道府県及び各指定都市教育委員会にあっては、引き続き、各学校において、学習指導要領に基づく国旗及び国歌に関する指導が適切に行われるよう指導をお願いします。
卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱についても、児童生徒に我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるという学習指導要領の趣旨を踏まえ、域内の全ての学校において適切に実施されるよう一層の指導の徹底をお願いします。
行われてもいないし、取り締まられてもいない。無法地帯。
文句を言う奴に屁垂れるな、遠慮気兼ねが子どもの為にならぬ。戦え‼恐れるな!